南郷の民俗文化財

更新日:2020年01月17日

泉清水(いずみしみず)えんぶり

笠を被って衣装を着ている男性3名、右手に杖をもって、左手を挙げている様子の写真

市指定:泉清水えんぶり

南郷区の泉清水地区に伝わる泉清水えんぶりは、3人の太夫によるどうさいえんぶりで、天保の頃から始められたといわれています。戦時中に一時やめていましたが、戦後復活させ、伝承されてきました。
   演目には、摺(す)り始め、中の摺り、摺り納めのほか、松の舞、喜び舞、大黒舞などがあり、南部町(旧名川町)のえんぶりと結びつきが深いと考えられます。

中野神楽(なかのかぐら)

左の眼鏡をかけて羽織袴を着た男性が右の獅子舞に槍のようなものをさしている様子の写真

市指定:中野神楽

中野神楽は、南郷区の中野地区において伝承されてきた伝統芸能です。詳細は分かりませんが、中野小学校の近くにある月山(がっさん)神社に「奉再光中野村中常院享保十五年(1730年)十月六日」の銘を持つ獅子頭が残っていることから、相当の歴史がある神楽です。昭和の初期には、三八城(みやぎ)神社、龗(おがみ)神社などに行って演じたこともあったそうです。また、カスミと称して、中野、市野沢(いちのさわ)などの地域を、隔年で春祈祷に回っています。
現在では、中野月山神社、市野沢稲荷(いなり)神社、軽米(かるまい)八幡宮例大祭などで神楽を奉納しています。

大平大神楽(おおたいだいかぐら)

左に獅子舞を披露しており尾の部分に布を持つ子供、右には和楽器を演奏している人が6名写っている写真

市指定:大平大神楽

この大神楽のはじまりは、江戸時代に庶民の間にはやった「お伊勢参り」に由来すると言われます。大きくて赤い獅子頭なので大神楽ですが、一説には、代参(だいさん)の神楽すなわち代神楽という説もあります。
南郷区の大平大神楽は、伝承は不明ですが、南部町(旧名川町)の五日市(いつかいち)や助川(すけがわ)の大神楽ときわめて似ているといわれています。
毎年1月に春祈祷を実施しているほか、南郷区郷土芸能発表会の出演や老人ホームへの慰問など幅広く活躍しています。

島守小学校神楽(しまもりかぐら)

烏帽子のようなものをかぶって水色の羽織をまとった男性4名が舞を舞っている様子の写真

市指定:島守小学校神楽

八戸市南郷区の島守地区では、岩手県軽米(かるまい)町の金剛院(こんごういん)神楽の流れをくむ島守神楽が、明治20年代から始められ、伝承されてきました。現在は、龍興山(りゅうこうさん)神社例大祭での奉納を中心に、地域の様々なイベントにも参加し、精力的に活動しています。
この島守神楽とともに活動する島守小学校神楽は、昭和46年に結成された神楽クラブが始まりです。児童は、伝統芸能を継承するために、大人から番楽(ばんがく)と剣舞(つるぎまい)を習い、その成果を芸能大会や学習発表会で披露しています。

島守駒踊(しまもりこまおどり)

舞台にて衣装を着て片足をあげて舞を踊っている人4名が写っている写真

市指定:島守駒踊

駒踊は、古来馬産地として有名な青森県南東部、旧南部藩(なんぶはん)領地域に特有の伝統芸能のひとつで、「野馬捕(のまど)り」の様子を芸能化したものといわれます。
島守駒踊は、昭和20年頃に始められたもので、えんぶりの門付が戦争で来なくなったため、それに代わるものとして、当時の福地村杉沢にあった駒踊を、その師匠から習い伝承しました。
以前は、毎年2月の初午の日に、その年の豊作祈願・家内安全を願って、村の門付をしており、相畑(あいばた)、田代(たしろ)、古里(ふるさと)、七枚田(しちまいた)の方まで回ったといいます。

島守虎舞(しまもりとらまい)

左に黄色の獅子舞のようなものがあり右側に鉢巻をまいて衣装を着ている子供が綱で引いている写真

市指定:島守虎舞

島守虎舞は、八戸市南郷区の、島守地区において伝承されてきた伝統芸能です。
   虎舞は、荒れ狂う虎を、ササラを持った子供の純真な神通力(じんつうりき)で導くというもので、それによって虎の霊力が悪魔払いや火伏(ひぶ)せに対して効力を発揮すると考えられています。また、虎の「千里行って千里戻る」という伝説から、航海安全も願う芸能でもあり、全国の太平洋沿岸部に分布しています。
   八戸地方では、虎舞に頭を噛んでもらうと、その年は病気にかからないとか、頭がよくなるなどと言われています。

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