松下 正寿

更新日:2020年01月16日

松下 正寿(まつした まさとし)

明治34年(1901年)~昭和61年(1986年)

-世界平和に尽力-

松下 正寿さんの写真

八戸の助産師の草分けだった母亀徳しづのもと、番町で育つ。祖父松下一郎が日本聖公会の牧師だったこともあり、一家はクリスチャンだった。

八戸尋常小学校、八戸中学校(現八戸高等学校)に進学。立教大学卒業後アメリカに留学し、ミネソタ大学などで国際法と政治学を専攻。コロンビア大学から哲学博士号を取得後、8年間に及んだ留学を終え、昭和4年(1929年)に立教大学教授となる。

戦前・戦後にわたり日本外政協会調査局長を務め、極東国際軍事裁判においてはA級戦犯の東条英機の副弁護人を務め、「平和と人類に対する罪を拡大解釈して、勝者が敗者(弱者)を裁くべきではない」と、法の下の平等の原則に立って格調高い弁論を展開した。

その後公職追放となり、弁護士を開業。追放解除後の昭和30年に立教大学総長に就任し、12年間の在職中、法学部と社会学部を創設し総合大学として充実させる。

この間、昭和32年に岸首相の特使としてクリスマス島の水爆実験中止を求めて渡英。昭和36年には核兵器禁止平和建設国民会議議長に就任するなど、国際的にも活躍した。

昭和43年から6年間参議院議員を務め、晩年においても弁護士として活動を続け、生涯を通じて世界平和に尽力した。

兄の亀徳正臣は青山学院大学教授を務め、子息の松下満雄は東京大学名誉教授として活躍している。

(上の肖像写真はデーリー東北新聞社提供)

著書『野に叫ぶ声』出版記念会にてマイクを持つ松下 正寿さんと後ろに座る女性の写真

著書『野に叫ぶ声』出版記念会にて(昭和55年7月6日掲載写真 デーリー東北新聞社提供)

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