岩岡 徳兵衞

更新日:2020年01月16日

岩岡 徳兵衞(いわおか とくべえ)

明治33年(1900年)~昭和40年(1965年)

-”岩徳さん”で親しまれた庶民派市長-

岩岡 徳兵衞さんの写真

六日町で醤油味噌製造業を営む”岩徳”で生まれた。幼名は寿蔵。両親を早くに亡くし、明治45年(1912年)に六代目?兵衞を襲名。八戸尋常小学校卒業と同時に、一年ほど盛岡市の榊呉服店に奉公に出た。読書好きで向学心が強かった徳兵衞は、18,9歳のときに無断で単身上京したこともあった。

家業に携わる一方、奥南派の近藤喜衛が率いる北辰会に出入りし、政治の道を志す。昭和6年(1931年)青年政友会を結成し、昭和8年に市議会議員に初当選。その後一時政界を離れるも、昭和17年に再選し、昭和22年八戸市議会議長に就任、昭和28年には八戸市長に当選する。

昭和40年までの3期12年間で、財政立て直しによる赤字団体の脱却、青森労災病院と市立市民病院の開設、臨海工業地帯や港湾の整備、八戸工業高等専門学校誘致と新産業都市指定など、八戸市を産業文化都市として発展させた。その他チリ地震津波や白銀大火などの災害復興にも邁進。また、東京都練馬区に学生寮を開設するなど、教育、人材育成にも力を注いだ。

政治家として手腕を振るう一方で、書画、骨董、茶道に造詣が深く、動物を愛し、読書家だった?兵衞は飾らない人柄で人々を魅了し、”岩徳さん”の愛称で親しまれた。

三八城公園に建立された岩岡徳兵衞像の写真

三八城公園に建立された岩岡徳兵衞像 かつては城下・沼館などの工業地帯を望むように建てられていた

三社大祭お還りの日に六日町の”岩徳”にて、岩岡市長が行列の先導をする写真

三社大祭お還りの日に六日町の”岩徳”にて 岩岡以降市長が行列の先導をするようになった(昭和31年9月3日 個人蔵)

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