西有 穆山

更新日:2020年01月16日

西有 穆山(にしあり ぼくざん)

文政4年(1821年)~明治43年(1910年)

-青森県人初の曹洞宗管長-

西有 穆山さんの写真

湊町で生まれ、本名は笹本万吉。天保4年(1833年)に出家し金英と名乗った。名川の法光寺や仙台の松音寺などで修行を積んだ後、13年に江戸に出て駒込吉祥寺の栴檀寮(せんだんりょう)に入り、学業と修行に励んだ。

弘化元年(1844年)に牛込鳳林寺(ほうりんじ)の住職となるが、曹洞宗の根本経典である「正法眼蔵(しょうぼうげんぞう)」を学ぶため、小田原海蔵寺(かいぞうじ)の月譚(げったん)和尚に入門し、12年間の修行生活を送る。

明治34年(1901年)に曹洞宗の大本山である總持寺(そうじじ)の貫首となり、同年に明治天皇から「直心浄国(じきしんじょうこく)」の禅師号を賜った。翌年には青森県人として初の曹洞宗管長に就任した。

東京・横浜やシンガポールなど、開山開基の寺や住職を務めた寺は数多く、八戸でも光龍寺や常現寺などつながりのある寺が存在する。また、「正法眼蔵私記」、「正法眼蔵読紘講義」などの著書や、禅の修行で得られた悟りの境地を表現した墨跡や禅画などの作品を数多く残した。旭ヶ丘に西有公園が整備され、銅像が建立されている。

明治28年の達磨図の写真

明治28年の「達磨図」。
「一華開五葉(いちげごようにひらき) 結果自然成(けっかじぜんになる)」という、達磨大師が弟子に自分の教えを伝える祭に詠んで与えた言葉の一部が書かれている。

旭ヶ丘の西有公園に建立された銅像。

昭和44年に西有穆山禅師顕彰会により旭ヶ丘の西有公園に建立された銅像。

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