下斗米 豊次郎

更新日:2020年01月16日

下斗米 豊次郎(しもとまい とよじろう)

明治38年(1905年)~昭和60年(1985年)

-長根リンクの育ての親-

下斗米 豊次郎さんの写真

館村(現八戸市売市)で、醤油醸造業を営む亀次郎・イシの長男として生まれた。八戸中学時代に陸上やスケート、柔道の選手として活躍し、特に柔道部では「知性の下斗米」として知られた。

卒業後は八戸スケート協会設立に参画、また、青森県柔道有段者会三戸支部役員を務めるなど、徐々に八戸地方のスポーツ界を支える存在となっていく。

昭和5年(1930年)、第一回全日本スピードスケート選手権競技大会が八戸の長根リンクで開催された際、リンク造りを担当した豊次郎は、大会直前に土埃で汚れてしまったリンクを大カンナで削り「油氷」に仕上げた。この努力などにより、多くの日本記録が誕生して大会は大成功をおさめた。以降、長根リンクの名が全国に知れ渡り、豊次郎を中心とするリンク開発と整備も高く評価された。そして昭和25年、長根リンクは豊次郎らの構想により総合スケート場として整備されるのである。

県スケート連盟副会長、市スケート協会理事長など数々の要職を歴任し、氷都八戸の礎を築くとともに、その発展に大きく貢献した豊次郎。彼のリンクを愛し育てる精神は、時を経た今も「長根」に受け継がれている。

スピードスケート大会にて、スタート位置につく選手とスタートの合図をしようとしているスターターの写真

長根で開催された第一回全日本スピードスケート大会の様子

平成25年1月に撮影された、現在の長根リンクでスケートを楽しむ人々を上空から写した写真

現在の長根リンク(平成25年1月撮影)

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