和井田 要
和井田 要(わいだ かなめ)
明治44年(1911年)~昭和42年(1967年)
-「黒潮書道会」を創設した前衛書道の先駆者-

窪町の和井田桐材店の長男として生まれる。昭和10年(1935年)、24歳の頃から書を始め、第二次世界大戦に伴う兵役を挟み、25年書道芸術院へ初出品。翌年一時継いだ家業をたたみ、本格的に書に取り組む。
昭和27年、毎日書道展に甲骨文字の書体を発表、斬新でありながら深い思索を秘めた書が話題を呼ぶ。このことは、特定の師をもたなかった彼が、前衛書家として独自の書を極めようとする始まりでもあった。
その後、書道芸術院の審査員や理事、毎日書道展の審査員などを務め、国内で活躍する一方で海外展にも出品。昭和30年の「現代日本の書・墨の芸術」ヨーロッパ巡回展など、当時の欧米のアートシーンを刺激した。
戦後いち早く中央の作家と活動を共にし、八戸に前衛書道を紹介した彼は、31年黒潮書道会を創設、主宰した。八戸に文化を根付かせたいという思いで、後進の育成と書道の発展に尽くし、38年第1回八戸市文化賞を受賞。彼が追求した「こころの書」は、前衛という潮流のなかで、書道界に大きな影響を与えたのである。
今も続く黒潮書道会の活動 写真は「第50回(平成22年)黒潮書展記念集」

和井田三大作の一つ「子供」(昭和28年制作 八戸市美術館所蔵)
更新日:2020年01月16日