長谷川 藤次郎

更新日:2020年01月16日

長谷川 藤次郎(はせがわ とうじろう)

安政2年(1855年)~昭和8年(1933年)

-八戸漁業近代化の父-

長谷川 藤次郎さんの写真

三重県で生まれ、慶応2年(1866年)に江戸の三井呉服店で奉公した後、帰郷して農業や海運業を手がけた。当時、鰯の豊漁により東北地方の太平洋沿岸の漁村で産出していた大量の魚粕に着目。

明治20年(1887年)頃に八戸に移り住み、魚肥取引やマッチ軸木の製造などで大きな利益を収めた。

この資金を元に、鰯の沖捕り漁業の研究に心血を注ぎ、従来のあぐり網とアメリカ式巾着網から着想した網を考案。素材を麻から綿糸に変え、24年に「改良あぐり網」を完成し、漁法を各地の漁業者にも伝授・普及させた。これにより従来の地引網漁から沖合漁業へと画期的に変化し、当時の漁業が急速に近代化した。

36年に湊漁業組合の初代組合長に就任したが、44年の東洋捕鯨会社焼き討ち事件の際に、会社の誘致に協力したとして店舗や自宅などを壊された。しかし、漁業の近代化に及ぼした藤次郎の功績は大きく、有志により銅像が建立された。

長谷川家の本店建物略図の写真

長谷川家の本店建物略図。間口12間、奥行5間の茅葺きの本家を中心に、合計8棟400坪にも及ぶ建物があった。

長谷川藤次郎の銅像の写真

青森県旋網漁業協同組合によって建立された長谷川藤次郎の銅像。平成17年にマリエントに移設されている。

 

 

 

 

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