是 川 遺 跡
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●是川遺跡について
是川(これかわ)遺跡は、八戸市の南東部、
新井田(にいだ)川沿いの台地に広がる縄文時代の遺跡です。
昭和三十二年に国の史跡に指定され、広さは東京ドーム五個分、
約二十四万五千平方メートルあります。
縄文時代晩期の亀ヶ岡(かめがおか)文化を中心とする
中居(なかい)遺跡、前期・中期の一王寺(いちおうじ)遺跡、
中期の堀田(ほった)遺跡の三つを総称して
是川遺跡と呼ばれています。
是川遺跡は、大正〜昭和の初めにかけて八戸市の
泉山岩次郎(いわじろう)氏、泉山斐次郎(あやじろう)氏
によって発掘が行われ、出土品のすばらしさから
全国的にも注目を集めるようになりました。
四千点を超える遺物(いぶつ)は、泉山両氏の手で大切に守られ、
散逸することなく是川の地に残されてきました。
この遺跡を「縄文の里」として整備するため、発掘調査が
平成十一年度から継続して行われ、多くの成果が得られています。

是川遺跡全景

中居遺跡 
中居遺跡 

●中居遺跡の発掘成果について
遺跡南側の湿地からは縄文時代晩期前葉(約三千年前)の
二本の沢跡が見つかりました。
沢跡には泥炭層(でいたんそう)という遺物の腐りにくい土層(どそう)が
できたため、縄文人が食べたトチやクルミの殻がたくさん出てきます。
クリの殻は見つかりませんが、クリ花粉がたくさん見つかっていることから、
周りにはクリの木を大切にした里山があったようです。

美しく仕上げられた土器や石器もたくさん見つかりますが、
特に、木の器(うつわ)や籠(かご)に赤漆(あかうるし)を塗ったもの、
櫛(くし)や腕輪(うでわ)・耳飾り(みみかざり)などの装身具(そうしんぐ)、
籠(かご)や紐(ひも)や編んだ布などの生活道具や材木など
普通なら腐ってしまう遺物がたくさん出土しています。

このほかにも建物の一部と考えられる大きな柱材(はしらざい)や
たくさんの丸木で組まれた壁材(かべざい)と思われるものなど、
中居遺跡からは縄文人の生活を想像させる貴重な遺物が発見されています。


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一王寺遺跡 
一王寺遺跡 
堀田遺跡 
堀田遺跡 

是川遺跡石碑
是川遺跡石碑

  木胎漆器の出土状況  
木胎漆器の出土状況

  MAP  
周辺地図

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