小田八幡宮の文化財
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- 小田八幡宮の文化財 -

市指定:毘沙門天像
市指定:毘沙門天像
市指定:小田八幡宮仁王門
市指定:小田八幡宮仁王門
 ●小田八幡宮●                *画像をクリックすると、別窓に拡大写真が表示されます。
 小田(こだ)八幡宮は、明治の神仏分離令までは小田毘沙門堂であり、
 門は小田仁王門と呼ばれていました。
 当時の記録には、小田山徳城寺(こださんとくじょうじ)という寺院でこの門は、
 弘化二年(1845)から嘉永七年(1854)まで九年かけて造られたことが記されて
 います。構造形式は、三間一戸の八脚門で市内では唯一のものです。
  
 当八幡宮には、毘沙門天像(びしゃもんてんぞう)がまつられています。
 この像の制作年代は不明ですが、江戸時代中期八戸の僧津要玄梁(しんようげんりょう)が、
 享保三年(1718)に補修した墨書が台板に残っています。毘沙門天は、仏教界の
 守護神である四天王(してんのう)の内、北方守護の多聞天(たもんてん)のことで、
 根城南部氏の北方守護のため毘沙門堂(小田八幡宮)が置かれたと伝えられています。



市指定:欄間
市指定:欄間
市指定:千風庵百々評俳諧献額
市指定:千風庵百々評俳諧献額
●小田八幡宮には、仁王門・毘沙門天像のほかに欄間(らんま)・
千風庵百々評俳諧献額 (せんぷうあんひゃくひゃくひょうはいかいけんがく)があります。
欄間は、黒塗りの枠組みの中に縦112本、
横5本の細かい桟を組み合わせた格子作りで、
二間分残されています。
根城南部家の祈祷寺であった東善寺に
あった ものを根城南部家が遠野に移った後、
小田毘沙門堂の別当河村家が一部を譲り受けた
ものと伝えられています。
  千風庵百々評俳諧献額は、宝暦三年(1753)
に 八戸、三戸、五戸、久慈、花輪、盛岡、
松前、 秋田などから寄せられた八百余句の中
から 、千風庵百々が選評した七十二句
が収められた献額で、八戸地方に残されている
俳諧献額では最古のものです。

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