●小田八幡宮● *画像をクリックすると、別窓に拡大写真が表示されます。
小田(こだ)八幡宮は、明治の神仏分離令までは小田毘沙門堂であり、
門は小田仁王門と呼ばれていました。
当時の記録には、小田山徳城寺(こださんとくじょうじ)という寺院でこの門は、
弘化二年(1845)から嘉永七年(1854)まで九年かけて造られたことが記されて
います。構造形式は、三間一戸の八脚門で市内では唯一のものです。
当八幡宮には、毘沙門天像(びしゃもんてんぞう)がまつられています。
この像の制作年代は不明ですが、江戸時代中期八戸の僧津要玄梁(しんようげんりょう)が、
享保三年(1718)に補修した墨書が台板に残っています。毘沙門天は、仏教界の
守護神である四天王(してんのう)の内、北方守護の多聞天(たもんてん)のことで、
根城南部氏の北方守護のため毘沙門堂(小田八幡宮)が置かれたと伝えられています。
|