東北地方北部藩領略図 八戸には、南北朝時代から江戸時代初頭までの約300年間にわたって根城に城を構え、八戸地方を支配していた「根城南部氏」がいました。

 ところが、「根城南部氏」は、寛永4年(1627)、盛岡藩(10万石)初代藩主の南部利直の命令により遠野へ移封されました。

 その後、八戸の地勢の重要性をいち早く見抜いた利直は、八戸を盛岡藩の直轄地とし、自らが縄張りをして城塁を築き、町割りを始めたと伝えられています。

 寛文4年(1664)、盛岡藩2代目藩主南部重直が跡継ぎを決めずに急死してしまいました。

 同年12月6日、重直の弟である南部重信と南部直房は老中酒井氏の屋敷に呼ばれました。そこで、父利直の功績により、家名の存続を認められ、遺領10万石を分かち、8万石は重信に、残りの2万石は直房に与えるとの将軍の命令が伝えられました。これにより、八戸藩2万石が誕生し、明治4年(1871)の廃藩置県まで207年間続きました。現在の八戸市内丸に八戸城を構え、居城としたので、「八戸南部氏」と呼ばれています。

 八戸藩の領地は、青森県南部から岩手県北部にかけて2万石の地を領有しました。現在の行政区域にすると、青森県八戸市、南部町(旧名川町・旧福地村)、階上町、岩手県久慈市、洋野町、軽米町、葛巻町、九戸村、飛び地として紫波町の一部を含み、広範囲にわたります。

 歴代の藩主は、初代直房から9代信順まで続きました。

八戸藩誕生までの略系図

  

 次回は、八戸藩の藩主をご紹介します。お楽しみに!

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