歴史・文化ミュージアムの概要

 拠点施設
八戸市博物館
 区分
ゾーンミュージアム (通年型)
 範囲
根城・八幡・是川地区

観光資源の紹介

櫛引八幡宮

櫛引八幡宮南部氏初代光行公によって創建され、以降南部領総鎮守として約800年の歴史があります。

県内に3つある国宝のうちの2つ、「赤糸威鎧兜(あかいとおどしよろいかぶと)」、「白糸縅褄取鎧兜(しろいとおどしつまとりよろいかぶと)」をはじめ、多数の文化財が収められています。

八戸市博物館

八戸市博物館考古・歴史・民俗・無形資料の4つの大きな展示コーナーがあり、八戸市の歴史を総合的に学習できます。

史跡 根城の広場

史跡 根城の広場1334年、南部師行公により築城され、北奥羽を治めるための中心的な役割を担っていた「根城」。

発掘調査の成果に基づき当主の屋敷全体を全国で始めて復元整備した広場です。平成18年、日本100名城に指定されました。

是川・風張遺跡

合掌土偶是川遺跡は、中居・一王寺・堀田遺跡の総称で、一括して昭和32年に国の史跡に指定されました。出土した遺物は優品が多く633点が国の重要文化財に指定されています。

風張遺跡から出土した「合掌土偶」は平成21年に国宝指定されました。

是川縄文館

是川縄文館是川遺跡、風張遺跡などの発掘成果の展示や体験交流により、東北地方の優れた縄文文化を紹介し、八戸市内の遺跡から出土した埋蔵文化財を公開しています。

義経北行伝説

義経北行伝説源義経は、平泉・高館で自害せず、密かに脱出したと言われています。

脱出後は八戸市内に上陸・滞在し、竜飛崎から北海道へ渡り、樺太、モンゴルへと移り、源義経はチンギス・ハーンになったとも言われています。八戸市内には、義経が立ち寄ったといわれる場所が古くから伝えられており、800年以上経った現在でも、伝説として受け継がれています。

八戸南部家墓所

八戸南部家墓所八戸南部家墓所(はちのへなんぶけぼしょ)は、中心街から10分ほどのところにある長者山の中腹にあります。

延宝元年(1673年)に建造され、初代藩主直房(なおふさ)から十一代麻子(あさこ)(大正二年没)までの歴代藩主の五輪塔(ごりんとう)や石燈籠(いしどうろう)などが整然と並んでいます。

八戸城角御殿表門

八戸城角御殿表門八戸城の面影を今に残す唯一の遺構。棟門と呼ばれる構造形式の中では全国でも最大級の門。

福一満虚空蔵菩薩堂

福一満虚空蔵菩薩堂南郷区島守にあり、京都の嵐山、福島の柳津と並び日本三大虚空蔵のひとつとされています。

丑年と寅年の守り本尊とされ、毎年6月の例大祭では多数の人が訪れます。菩薩堂前には一対での大きさでは日本最大級とされる、丑と寅の石像があり、訪れた人が頭をなでる光景が多く見られます。