こだはちまんぐうにおうもん    びしゃもんてんぞう
小田八幡宮仁王門、毘沙門天像

仁王門
市指定:小田八幡宮仁王門
 小田八幡宮は、明治の神仏分離令までは小田毘沙門堂であり、門は小田仁王門と呼ばれていました。
   当時の記録には、小田山徳城寺(こださんとくじょうじ)という寺院でこの門は、弘化2年(1845)から嘉永7年(1854)まで9年かけて造られたことが記されています。構造形式は、三間一戸の八脚門で、市内では唯一のものです。
   当八幡宮には、毘沙門天像がまつられています。この像の制作年代は不明ですが、江戸時代中期八戸の僧津要玄梁(しんようげんりょう)が、享保3年(1718)に補修した墨書が台板に残っています。毘沙門天は、仏教界の守護神である四天王(してんのう)の内、北方守護の多聞天(たもんてん)のことで、根城南部氏の北方守護のため毘沙門堂(小田八幡宮)が置かれたと伝えられています。
 毘沙門天像
市指定:毘沙門天像
 案内図

らんま   せんぷうあんひゃくひゃくひょうはいかいけんがく
欄間、千風庵百々評俳諧献額

 小田八幡宮には、仁王門、毘沙門天像のほかに、欄間、千風庵百々評俳諧献額があります。
   欄間は、黒塗りの枠組みの中に縦112本、横5本の細かい桟を組み合わせた格子作りで、二間分残されています。根城南部家の祈祷寺であった東善寺にあったものを根城南部家が遠野に移った後、小田毘沙門堂の別当河村家が一部を譲り受けたものと伝えられています。
   千風庵百々評俳諧献額は、宝暦3年(1753)に八戸、三戸、五戸、久慈、花輪、盛岡、松前、秋田などから寄せられた800余句の中から、千風庵百々が選評した72句が収められた献額で、八戸地方に残されている俳諧献額では最古のものです。

欄間
市指定:欄 間
献額
市指定:千風庵百々評俳諧献額

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