八戸南部氏庭園(はちのへ なんぶし ていえん)は、江戸時代末期に鹿児島の島津家から第9代八戸藩主として信順(のぶゆき)公が迎えられたのを機に、弘化四年(1847年)に造られました。

この庭は、薩摩藩のお抱えの庭師によるものとも伝えられ、馬淵川を借景としています。30本余りの松をはじめ、つつじやさつき、樹齢数百年といわれるもみの木が植えられ、築山(つきやま)、石灯籠、橋などが巧みに配置されています。天気がよければ、遠く秀麗な八甲田の山並を眺めることができます。

 八戸南部氏庭園のはじまり

八戸南部氏庭園の歴史は、江戸時代の天保年間にまで遡ります。

それは、遠く薩摩藩との不思議なご縁の物語です。薩摩藩第8代藩主島津重繁(しげひで)公は、子沢山で有名なお殿様でした。この方は、かの篤姫の曽祖父にあたられる方です。この重繁公の息子、信順(のぶゆき)公が、八戸南部家の婿養子となることとなり、八戸藩第9代藩主として迎えられたことから始まります。天保13年(1842年)のことでした。

当初、この場所は、異国船を監視するのが目的の物見場(かり場)であり、そこに殿様が休憩する場所(田屋)を設けたことから庭園の歴史が始まりました。

造園を手がけたのは、信順公の出身地である薩摩藩お抱えの庭師であったとも伝えられています。

庭園の様式

日本庭園の様式には様々な種類がありますが、八戸南部氏庭園は、「蓬菜山形式・回遊式の枯山水」ということになります。

  • 蓬菜山形式とは
    中国の神仙思想の中で、不老不死の仙人達が住む理想郷とされる伝説の山「蓬菜山」に見立てた島が水の中に浮かぶ景色のことです。
  • 回遊式とは
    その名のとおり、庭園の中心となる池などの周囲を回遊するかたちで鑑賞する形式となっています。
  • 枯山水とは
    水を一切使わずに海や川などを表現する方法で、八戸南部氏庭園では馬淵川寄りの一段低くなった部分を川・海と見立てています。庭園の背景に流れる馬淵川を借景として、石組が川面に浮かんでいるかのように意図された配置を味わってください。

庭園の灯篭

日本庭園では、灯篭にも様々な様式があります。八戸南部氏庭園にある灯篭をご紹介します。

丸雪見型

全体的に丸みを帯びた形で、基礎は三本足が一般的です。池のほとりなどによく配され、水面を照らす為に傘が広くなっているのが特徴です。

苫屋型

(すげ)や萱(かや)で作られた「苫(とま)」で屋根を葺いた小屋の事を苫屋といいます。基礎の上に苫屋が載った形としています。

開園期間

  • 春の開園  5月下旬
  • 秋の開園  10月下旬

入園料

 無料

 場所

八戸市売市四丁目23-3


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 交通案内

駐車スペースに限りがありますので、来園には、なるべく公共交通機関をご利用ください。

(1) バスの場合

中心街(「六日町」等)からご利用になる場合は、下記のバスに乗り、「緑ヶ丘」で降りてください。大橋の方へ進むと、すぐ、「熊野堂交差点」がありますので、交差点を渡り、誘導する看板に沿っておいで下さい。

市営バス

「多賀台団地行き」(河原木団地経由)

十和田観光電鉄

「十和田市方面」(八戸駅経由)

南部バス

「五戸行」(高館経由)
「八食200円以下バス」

(2) JRの場合

本八戸駅から上記路線バスをご利用ください。

(3) 自家用車の場合

国道45号(青森・十和田方面)から
  1. 国道45号の北バイパスを南下
  2. 下長交差点を右折
  3. 馬淵川を越え「南部氏庭園」の看板左折、または熊野堂交差点を左折し、「南部氏庭園」の看板左折
八戸自動車道から
  1. 八戸インター(三沢・十和田・フェリー埠頭方面)
  2. 県道29号線 
  3. 松園町交差点右折 
  4. 国道104号線 
  5. 博物館入口交差点左折 
  6. 熊野堂交差点を直進し、「南部氏庭園」の看板左折 
お問い合わせ先
まちづくり文化スポーツ観光部 まちづくり文化推進室 文化推進グループ
電話 0178-43-9156(直通) 0178-43-2111(内線2217)